いつ頃からだろう。
ミサトさんが 始めようとしていることに気づいたのは。

「もうやめよう」と言われたときには 既に気づいていたのかもしれない。

もちろんミサトさんから 何かを聞いたわけではない。

「寒い」と わざわざ声に出して言うまでもなく
冷えた空気を 肌が敏感に感じ取るように。

ふだんは忘れているのに 何かの拍子に
心のどこかを刺されて チクッと痛みが走るみたいに。


強引にミサトさんを抱きしめ 拒絶されなかった晩

部屋に戻ってきたユミが小さい声で言った。
「○○は迎えに来るの?」

「うん」
ユミの声に答える もっと小さい返事まで
私の耳に入ってきた。

ユミは 話し続けて
寝ている私とリツコを起こしてしまうのを悪いと思ったのか
部屋から出よう、と ミサトさんを促した。

ほんの数分前まで抱き合っていたのだから
ミサトさんは私が眠っていないのを知っている。
○○の話をこれ以上、聞かせたくないのだろう。
ミサトさんは黙ったまま ユミと出て行った。

寝ているふりを続けた。
「誰が迎えに来るんだろう?」
とりあえず 心のなかで呟いてみた。

心のなかで呟くまでもない。

私は とっくに気づいていた。
とにかく そういうことだ。

---

彼女が何を伝えようとしているのか
わからない。

押さえつけられる背中と肩が痛い。

さっきまで
ミサトさんと私は 慣れないフェリーの寝室から抜け出して
デッキに立ち 暗い海を眺めながら
他愛ない会話をしていたはずなのに。

何のきっかけもなく 手を引かれていった先で
突然 壁に押さえつけられてしまった私には
彼女の変化が急すぎて
驚く余裕さえ ない。


ミサトさんの唇が 私の唇に重なり
次に首筋を這い そうかと思うとその唇で頬をなでられる。

自分の体を 物のように感じた。
あまりにも激しすぎて
私は 彼女の行為にこたえることができなかった。

されるがままだった。


いや、そうじゃない。
ミサトさんには
もっと、とせがむ私が見えているはずだ。

両肩にあった彼女の手は離れたが
膝が私の足に押しつけられ
今度は 腰のあたりで 私の体を押さえつける。
体の下半分が ミサトさんの圧力を感じている。

彼女の両手は 私の腰にまわされ
すばやく 肌と服の間に入れられていた。

荒っぽい仕草で 私の体を扱い
それでいて 何かを伝えようとしているかのように
柔らかく私に触れる。


体の痛みは いくらでも我慢できる。
でも心が痛むのには とても耐えられない。

彼女の手の重みを胸に受けたとき
私のなかにあった何かが 音を立てて切れた。

衣服の下にある彼女の手を 服の上から押しとどめた。
驚いたミサトさんは 体を少し離して私の顔を見た。
そして はっとした表情を見せた。

私は泣いていた。
それも情けないくらい 次から次へと涙が流れている。

何、これ?
自分でも おかしかった。
笑おうとするのに 意に反して涙があふれる。

もっと あなたを感じたい、という欲と
もうこれ以上 私に触れないで欲しい、という気持ちが
同時にある。

それを理解するのは とても難しいし
ミサトさんもとまどっているようだった。

ミサトさんが顔を寄せてきて 耳元で囁いた。
「二人でここから落ちようか」


身震いがした。

聞いてはいけないことを 聞いてしまった気がした。

彼女が伝えようとしていたのは
まさか こんなことではないはずだ。

「周りのことすべてを投げ出しても やるべきことがある」
そう豪語していた彼女の心を
どんなにすがろうとしても あなたを幸せにはしてあげられないからと
私を切ろうとした彼女の 心の奥底を

もしかしたら 私のほうが揺さぶっていたのかもしれない。

人の心に働きかけるほどの強さを持たない私に
決して自分をごまかさない強さを持つミサトさんが
「落ちよう」と言ったことに
愕然とした。

声を出さないで泣こうとしたのに
勝手に声が漏れた。

ミサトさんは私を 壊れものを抱えるように 両腕で包んだ。

---

不安定に揺れ動く船を下り、陸上に立つ。

夜が明けて 船は神戸港に着いた。

ミサトさんが始めようとしている人は
港のどこかで車を停めてミサトさんを待っているんだろう。

船を下りたときから ミサトさんは始めようとしている。
私も陸に立って 自分の足で歩いていこうとしている。


歩いていくしかない。


・・・
春合宿が終わって部活を引退すると もうミサトさんと会う機会はなかった。
大学の中で 何度かすれ違うこともあったが
私は視線をそらして 足早に去った。

別れるという状態をまだ実感できずにいた私は
会って話したいことがあるから、と 無理矢理ミサトさんを呼び出した。

ある夜に 私は彼女と待ち合わせた。

「実験を抜けてきてるから」
彼女は忙しそうに言って それでも私が口を開くまでじっと待ってくれた。

彼女と背中合わせで座り 火山の噴煙を眺めていた記憶や
暗がりで聞いた船の低いエンジン音と波の音を引きずり
私はまだ楽観的だった。
そこで私が話したのは 幸せのなかにいる者が言うようなこと。
私はミサトさんに ある提案をし
彼女はひと言 無理だと言った。

実験に戻る彼女が 建物に入っていった。
その後姿を見届けてから 私はその場を立ち去った。

家に帰ると 電話が鳴った。
ミサトさんだった。
私が何も言えないでいると ミサトさんはある言葉を
最後まで一息に言い切った。

電話は一方的に切られ
しばらくしてから 私は電話を置いた。

あの日 どこをどうやって帰ったのか覚えていないけれども
電話でミサトさんから言われた言葉は 今でもはっきりと覚えている。

「私があなたを愛していたということを 後悔させないで」

ミサトさんと私は こうして別れた。

---

大学を卒業してから
ミサトさんには2回ほど会っている。

休みの日の夜に 居酒屋でみんなで会おうという
軽い趣向の同期会で。
会うまで とても緊張した。
実際に彼女に会い 私はぎこちなく挨拶をした。
ミサトさんもなんとなく緊張しているように見えた。

お酒も進み みんなの近況などを話すうちに
場が和んできて 緊張も解けてきた。
男の子と笑い合っていたミサトさんが ふと
隣りにいる私のほうに振り向いた。
「アルもさすがに 目じりにしわが出てきたよね」
「え?」
「ほら、このへんとか」
ミサトさんが 私の顔に触れる。

久しぶりに からかわれる心地よさ。
言葉でイジラれる自分を こっそり味わう。

ミサトさんの結婚や 子どもが1人いることなど
あらためて報告というわけでなく ただ話の流れで聞いた。
聞いても動揺することは もうない。


あのとき 私たちは 別々に歩き出し
遠いところにいることを ふだんは感じることもない。
何年かごとに また会う機会があるかもしれない。
会えば 昔のことを思い出すのは当然。
でも ただそれだけだ。

会って お酒を飲み 楽しく喋った後
ミサトさんは ミサトさんにとって大切な家族、夫と子どものもとへ
帰るだけだ。

そしてそれは 私にしても同じこと。
私にとって大切な人のもとへ 帰るということ。

今度、大学の同期会にいってくるよ、と話すと
聞かれたら私が言葉に詰まるであろうことを 何も聞かず
「いってらっしゃい。楽しんできてね」と言ってくれた
大切な人のもとに戻るだけだ。


ミサトさんとは まったく連絡を取り合ってはいないけれども
彼女の名前をインターネットで検索すれば
それに紐づく情報が出てきて
彼女の近況が すぐにわかる。

彼女が今、やるべきことをやり
目標に向かって どれだけ頑張っているのかがわかる。


ミサトさんは 私にとって一番大切な人にはならなかったけれども
私にいろんな感情を抱かせ その後の私の生き方に大きな影響を与えた。
あんなに私を揺さぶる人は 彼女以外にはいない。



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(これで ”揺さぶられる日々”は終わりです)
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2012.03.04 Sun l 揺さぶられる日々 l コメント (19) トラックバック (0) l top

コメント

言葉にできない
まるで、自分もひとつの恋を終えたかのような、
大きな感情のうねりを覚えます。
続きを待って、しばらく。
過去を取り出し、言葉に紡ぐことは、
とてもエネルギーが必要な作業であっただろうと思います。

ひとつのことが終わり、また歩き出す。
その一瞬一瞬を重ねて、今のアルさんが在る。
そして、今の一瞬一瞬がこれからのアルさんを作っていくのですね。
アルさんの今が、また咀嚼されて、言葉となる日を、
これからも通わせて頂きながら、待ち遠しく待っています。
2012.03.04 Sun l ♪ねこ♪. URL l 編集
No title
とても切ないけれど、結びで救われました。
歩き出す、歩き続けるというのは簡単なようで難しい。
自分はちゃんと歩けているだろうか、立ち止まっていやしないかと、考えてしまいました。
立ち止まった挙句座り込んでしまっているような気もします。

前回の記事の、部屋での意味深なやりとりから船のデッキでの急展開、
そして今回の記事の部屋からデッキへのシーンの転換。
この流れの妙に圧倒されました。
陳腐な例えですが、映画のワンシーンの様で。
アルさんがミサトさんにした提案が気になったのですが、
書かれる予定はあるのでしょうか。
先月の旅のお話も、聞かせていただける日を楽しみにしています。
2012.03.04 Sun l ぽん. URL l 編集
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2012.03.04 Sun l . l 編集
管理人のみ閲覧できます
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2012.03.05 Mon l . l 編集
No title
とても切なくて、なんとコメントをして良いのか解らないまま、それでも、何か気持ちを伝えたくてコメント欄に来てしまいました。
ミサトさんが「落ちよう」と言った言葉の重み、アルさんへの愛情の深さが刹那すぎます。
私の状況とアルさんを重ねるには、多大な失礼がありますが、愛している人の気持ちに応えられない、その腕の中に飛び込めない自分の弱さ、痛いくらい自分も感じていて、この記事で泣き出してしまいそうになりました。
でも、いまアルさんが幸せで、ミサトさんも幸せで、それが、歩くのを止めなかった二人の現在。過去を振り返ったときに、大切な人だったんだと感じる今。
本当に愛しい恋愛であったんだなと感じました。
そして、今の彼女さんの優しさが、より一層この記事を鮮やかなものにしている様に思いました。
アルさん次は、ラブラブブログ楽しみにしています。
2012.03.05 Mon l 日猫. URL l 編集
No title
こ、この記事は・・・
私への公開ラブレターだと解釈してよろしいのですね!!!

アルさんのこういう記事も好きだなー
がま口財布を握りしめるアルさんが安易に想像できて、
クスクス笑ってしまいました。
ゴミ箱と親しくするなんて・・裸眼で外を走るのは危険です、
本当に気をつけてください。

動物園で私たちが先輩に似ていると言った動物が
出てきたので、ドキっとしました。
さすがは仙人、何でもお見通しですね。

前回のミサトさんの記事は読み終えた後、
ほうっ・・と溜息がでるような
充実感に包まれました、有難うございました。
2012.03.07 Wed l 頼. URL l 編集
No title
メガネの記事にコメントを入れたつもりが
間違えてこちらに入れてしまいました・・
すみません。
2012.03.07 Wed l 頼. URL l 編集
Re: 言葉にできない
> ♪ねこ♪さん

いつもコメントをありがとうございます。
文章を書くのは難しいです。エネルギーも使います。
だったら、読むだけにしとけば、とも思いますが、
淡々と記録を残すことで 自分の中を整理整頓できた気がします。
これはまさにデフラグですね。

今の私ですか!!?
むむー、言葉にできないです。やっぱりラブラブは無理です。

また、♪ねこ♪さんのブログに、ラブラブをお勉強しに行きます。
2012.03.07 Wed l アル. URL l 編集
Re: No title
> ぽんさん

まるで論評をいただいているようです。恐縮いたします。
そこまで深く読んでいただけて とても嬉しいです。
ありがとうございます。
ミサトさんにした提案・・・それは
今の私から言えば、「もう終わってるんだから空気読め」と言いたくなるような提案でした。
となると私は「KY」と呼ばれる者になりますか。
「KY」と言われると、勝手に「K」を補完して、とんかつ食べたくなります。

・・・は!
すすす、すみません。つまらない話でした。
これにこりずに またお越しくださいm(__)m
2012.03.07 Wed l アル. URL l 編集
Re: No title
> 非公開Sさん

そうですね。
歩くスピードは、皆違いますよね。
ミサトさんはまさしく ダダーっと走って行っちゃった人で
私は「3歩歩いて2歩下がる」です。

前に進めているのかな?どうなのかな?
ときどきは振り返りということもしないといけないですね。
Sさん、いつもありがとう。またどうぞ。
2012.03.08 Thu l アル. URL l 編集
Re: タイトルなし
> 非公開Kさん

はじめまして。
そして 今、Kさんの気持ちはとてもつらいのだろうと想像します。
そんな大変なときでも
Kさんが頑張ろうって思ってくださるなら 私は嬉しいです。

相手のためを思って別れを切り出す人。
別れを切り出すことができる人。
そういう人がいるおかげで 物事がうまくまわっている気がします。
Kさんもお相手の方も、それぞれに相手のことを思ったゆえの今ですよね。
コメントをありがとうございました。またお越しくださいね!
2012.03.08 Thu l アル. URL l 編集
Re: No title
> 日猫さん

わわわ! 日猫さん!
お越しくださってありがとうございます!

日猫さんの今は どんな感じなんでしょうか?
愛する人の腕の中に飛び込んでいけないのは
弱さというよりもやっぱり相手を思ったゆえの優しさなんでしょうね。

ラブラブブログは・・・一応は頑張ってみます。
2012.03.08 Thu l アル. URL l 編集
Re: No title
> 頼さん

頼さんともあろう方が 痛恨のミスですね。
きっと 記事の最後に「前へ戻る」だの「次へ進む」だの
人生ゲームのようにグルグル惑わされて
メガネもグルグルされて迷ってしまったのでしょうね。

せっかくいただいた「メガネに燃える」へのコメントなので
そちらのほうでレスさせていただきます。

コメントありがとうございました。
2012.03.09 Fri l アル. URL l 編集
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2012.07.01 Sun l . l 編集
Re: 初めまして
> 非公開Oさん

初めまして。このブログを読んで下さってありがとうございます。
また過去の記事を読み返してくださってるなんて嬉しいです!

Oさんも揺さぶられる日々なんですね。
ミサトさんと私の関係は 既に答えが出ているのですが
Oさんはあまりつらい思いをしないで済むよう願っています。

どうぞOさん、またお立ち寄りください。
コメントありがとうございました!
2012.07.02 Mon l アル. URL l 編集
揺さぶられる日々・・・を一気に読んで自分が揺さぶられました。

きっと明日は目蓋がえらい腫れ上がってるでしょうorz

2012.08.26 Sun l 和早. URL l 編集
Re: タイトルなし
> 和早さん

はじめまして。
初めてコメントをいただいたのに 返事が遅くなってしまい申し訳ありません。

目蓋は腫れてしまったのでしょうか?
でももう通常どおりですよね。

揺さぶられる日々・・・
和早さんにも 何か揺さぶられた過去があるのでしょうか?

私のブログのテーマである「揺さぶられる日々」はすべて書ききり
今は日常のことをつらつらと書いています。
こんなんでよろしければ またどうぞ遊びに来てくださいね。
2012.09.03 Mon l アル. URL l 編集
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014.08.17 Sun l . l 編集
非公開Tちゃんさんへ
こんばんは。
かなり以前の記事まで読んでくださってありがとうございます。

> しかし、、、お盆にこんなに切なくなるとは・・・。
> フジタさんブログでワクワクしていた分、ガッツンやられました(T_T)
> 今日は切ないまま寝ます。

すみません。でもこれが真実の私なので・・
私にとって良いこと、祈ってくださってありがとうございます。

Tちゃんさんにも 良いことがありますように!

2014.08.20 Wed l アル. URL l 編集

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